アレックス ステップニー
ジョージ ベスト
ビル フォルケス
サー・ボビー・チャールトンほどマンチェスター・ユナイテッドというクラブの価値を体現している人物はいないだろう。20歳で体験したミュンヘンの悲劇のトラウマを克服したチャールトンは、命を落とした仲間のために毎試合プレーしているようだった。そして見事な復活を果たしたチャールトンは、クラブでも代表でも、頂点を極めることに成功した。 17年間プレーしたユナイテッドでは、歴代最多となる754試合の出場と247ゴールをマークし、まさに不滅とも言える大記録を樹立した。1954年10月、ニューカッスル・ユナイテッドで活躍した偉大なストライカー、ジャッキー・ミルバーンの甥であるチャールトンは、イングランド中のクラブから誘いを
受けたものの、ユナイテッドとプロ契約を結び、1954、1955年、1956年のFAユースカップ優勝に貢献した。
1956年10月6日のホームのチャールトン・アスレティック戦でリーグデビューを果たしたが、けがを負いながらも、2ゴールを決めて周囲に衝撃を与えた。「バスビー監督から大丈夫かと聞かれたんだ」とチャールトンは振り返っている。「本当は足首をねんざしていたんだが、私はそれを隠し、指を交差させて、『大丈夫です』と答えたのさ」
劇的なデビューを飾ったものの、チャールトンがレギュラーの座を獲得したのは1956-57シーズンの後半戦に入って