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特集

09/10/2012  Steve Bartram
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シンジ・ストーリー Part3

既に代表でも頭角を現していた香川真司だったが、2010年に開催されたワールドカップ南アフリカ大会では、岡田武史監督(当時)が選ぶ最終メンバーには選出されなかった。

サポートメンバーとしてチームに帯同したシンジは、日本代表が決勝トーナメント1回戦で敗れる姿を目の当たりにする。その間、シンジの代理人であり、元ドイツ代表として活躍したトーマス・クロート氏がボルシア・ドルトムントへの移籍交渉をまとめ、移籍金30万ユーロ(約3000万円)を下回る金額で移籍が決まる。

移籍当初は周囲から安い買い物と言われ、期待されていなかったが、マンチェスター・シティーとのプレシーズンゲームではGKシェイ・ギヴン(現在はアストン・ヴィラ所属)からペナルティエリア内でファールを受けてPKを獲得。3-1での勝利に貢献し、マン・オブ・ザ・マッチに選出された。

ホームデビュー戦となったカラバフ戦で2ゴールを記録すると、ヴォルフスブルク戦でブンデスリーガ初得点を記録。ドルトムントファンの心を完全に鷲掴みにする活躍をみせたのは、シャルケ戦、つまり伝統のレヴィアダービーでのことだった。

クラブ創立101年目にあたるシーズンのダービー前、シンジは自ら2ゴールを挙げて勝利に貢献すると宣言すると、ロングレンジからのシュートを突き刺し、勝利を決定づけるニアポストでのゴールを決め、公約を達成。ユルゲン・クロップ監督は、「われわれはシンジが優秀な選手と理解していた」とニヤリと笑うと、「ただ、ここまで早くドイツのフットボールに対応できるとは思っていなかった。21歳の若武者は家族と離れる生活を送っていて、近しい存在は通訳だけだ

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