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特集

15/02/2010  Report by Nick Judd, B Hibbs
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ミランへの借り

ヨーロッパの舞台での4度の対戦、4度の敗退、その内の3度が準決勝。なんということだ・・・・・・。

これが全てを物語るわけではない。1958年の我々は、ミュンヘンの悲劇を経験したチームで、1969年は、重要なゴールが信じられない判定により取り消されてしまった。我々は、ホームで行われた4試合の内、3試合で勝利を収めているが、ミランのホームでは歴史的に酷い目にあっている。そのため、今回の第1戦には多くの人が注目している。そこで我々は、過去のユナイテッドとミランの試合を振り返りたいと思う。

ユナイテッド 2-1 ミラン
1958年5月8日、準決勝第1戦
ユナイテッドが初めてミランと対戦したのは、レッド・スター戦の勝利と、ミュンヘンの悲劇から3カ月後のことだった。立て直されたチームのメンバーには、ハリー・グレッグ、ビル・フォルケス、ケニー・モーガンス、そしてデニス・ヴァイオレットが含まれていたが、そこにボビー・チャールトンの姿はなかった。フアン・スキアフィーノのゴールで先制したミランだったが、ハーフタイムの5分前に、チェザーレ・マルディーニ(パオロの父)のミスパスからヴァイオレットがゴールを挙げ、ユナイテッドが試合を振り出しに戻した。するとジミー・マーフィーに鼓舞されたチームは、迎えた後半に逆転に成功する。ヴァイオレットがマルディーニに倒されて得たPKをアーニー・テイラーが決め、ユナイテッドは勝利を収めた。

ミラン 4-0 ユナイテッド
1958年5月14日、準決勝第2戦
第2戦に向けたユナイテッドの準備は、理想的な形ではなかった。移動手段は船と電車であり、スタジアムでは正しい入り口を見つけることができなかった。そのため、ユナイテッドが到着したのは、キックオフの25分前だった。「我々に同情する人などいなかったよ」と、ハリー・グレッグは振り返っている。また、フォルケスは「登場した我々には野菜が

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