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特集

「学生たち――これにはデニス・ヴァイオレットも参加していた――はオールド・トラッフォードの両側のタッチラインに並ぶと、バケツを持ってスタジアムを歩き回り、ピッチに落ちているガラスを拾い集めていた。バケツはガラスと爆撃による破片でいっぱいになった」

――マンチェスターのアーティスト、ハロルド・ライリー

20/11/2009  Report by Steve Bartram

OT100:故郷への帰還

第二次世界大戦で打撃を受けたオールド・トラッフォードだったが、およそ10年をかけて再建された。そして、1949-50シーズン開幕時には、ユナイテッドは故郷へ戻ってくることができたのだった・・・・・・

背景:オールド・トラッフォードは2度にわたってドイツ空軍の爆撃を受けた。1940年12月の爆撃の被害は小規模だったが、1941年3月に再び空襲を受けた時にはサウススタンドのほとんどが焼失した。このため、オールド・トラッフォードが再建されるまでの間、ユナイテッドのホーム戦では観客動員数に応じて使用料を支払い、マンチェスター・シティーの本拠地であるメイン・ロードを使用した。そして、ほぼ10年の年月をかけて完成した新設オールド・トラッフォードは1949-50シーズン開幕と同時にお披露目となったのだった。

当時:8月のあるさわやかな午後、41478人の観客でひしめく新しいスタジアムにユナイテッドはボルトンを迎えた。チャーリー・ミッテンとジャック・“ガナー”・ロウリーのゴール、そしてボルトンのオウンゴールでユナイテッドは3-0の勝利を収め、故郷に凱旋したのだった。

その後:空襲に遭う以前に、オールド・トラッフォードでは高額な拡張工事が行われ、すでに設置済みだったサウススタンドに加え、ノーススタンドにも天井が設置されたばかりだった。この空襲でひどい損害を受けた後、戦災委員会から22000ポンドの協力を受け、クラブはようやく本来あった天井を修復し、スコアボード・エンドとストレットフォード・エンドにも天井を取りつけた。