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特集

「新しいチームメートのプレーを見て、僕の髪の毛は逆立ったよ。彼らはウルヴスを完膚なきまでに打ちのめしたんだ。僕はユナイテッドの衝撃的なパフォーマンスをスタンドから観戦していて“どうやってこのチームに入ればいいんだよ?”って思ったね」

― ブライアン・ロブソン

18/01/2010  Report by Steve Bartram

OT100:ロブソンとの契約

ブライアン・ロブソンとの正式な契約は、1981年の10月3日に行われたウォルヴァーハンプトン戦の前に、オールド・トラッフォードのピッチ上で行われた・・・・・・

背景:ロイ・アトキンソンが率いたウェスト・ブロムウィッチは、1970年代の後半から1980年代の前半にかけて素晴らしい成績を残し、そのチームのスター選手だったブライアン・ロブソンは、1981年のイングランドで最も人気のある選手の1人だった。リヴァプールとユナイテッドは、この優秀な若いMFの獲得に乗り出したが、リヴァプールが100万ポンド以上の移籍金を支払うことを渋ったため、ロブソンは150万ポンドを提示したユナイテッドへ移籍。そこから、ロブソンとユナイテッドの長い付き合いが始まった。

当時:ユナイテッドの新監督に就任していたアトキンソンは派手なことを好み、ショービジネスの一環として、ウォルヴァーハンプトン戦が行われる前のオールド・トラッフォードで、ロブソンと正式な契約を交わした。監督と会長の横で契約書にサインをしたロブソンは、その後スタンドへと向かった。チーム状況が良かったのか、それとも高価な新入団選手の存在が発奮材料になったのか、ユナイテッドはウォルヴァーハンプトンを5-0で粉砕。サミー・マッキルロイがハットトリックを達成し、ガリー・バートルズとフランク・ステープルトンもゴールを挙げた。

その後:4日後、敗戦を喫したリーグカップのトッテナム戦でデビューしたロブソンは、ユナイテッド史上に燦然と輝く素晴らしいキャリアの1つを楽しみ続けた。ユナイテッドで461試合に出場し、99得点を挙げた“キャプテン・マーヴェル”は、クラブの大使としての役割を果たす共に、伝説的な名選手として、今もなおサポーターの間で語り継がれている。