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特集

「新人選手がボビー・チャールトンのような選手とプレーすることになると、誰もがその選手はチャールトンにボールを任せたがるはずだと、思うだろうね。でも、僕は一回ボールを持ったら、絶対誰にも渡したくなかった」
― ジョージ・ベスト
04/12/2009  Report by Geoff Berkeley

OT100:ベストのデビュー

マット・バスビー監督の若手の育成を大切にする理念が実を結んだ試合がここにもある。1963年9月19日、17歳のジョージ・ベストがこの日、初めてファーストチームでの先発出場を果たしたのだった・・・・・・

背景:このベルファスト生まれの寡黙な少年をマンチェスターへ来るよう口説き落とすには、マット・バスビー監督も相当に骨を折ったようだ。しかし、一度クラブに馴染むと、ベストはユナイテッドのユースレベルで驚くべき活躍を見せた。イングランドへ移り住んでから2年後、ベストはその活躍が認められてプロ契約を結び、1963-64シーズン初めのウェスト・ブロムウィッチ戦でついにファーストチームデビューを果たしたのだった。

当時:試合前、ベストはユナイテッドの控え室の片隅に黙って座り、ユナイテッド・レビューのコピーをぱらぱらとめくっていた。もちろん、50453人の観客席のサポーターは当時の彼のことをまるで知らなかった。しかし、試合開始のホイッスルが鳴り響くと同時に、この10代の天才はまるでステップでも踏んでいるかのように軽やかに相手選手たちをかわし、マークについていたベテランのウェールズ代表選手、グラハム・ウィリアムズを相手に股抜きまでして見せたのだ。試合で唯一のゴールを決めたのはデイヴィッド・サドラーだったが、観客席はこの新人選手の話題で持ちきりだった。

その後:ユナイテッドは1963-64シーズンをリーグ2位で終え、ベストは全公式戦で26試合に出場した。その翌シーズンからファーストチームのレギュラー入りを果たしたベストは、後にボビー・チャールトン、デニス・ローと共に「三位一体」の異名をとるまでに成長した。現在、サー・マット・バスビー・ウェーには3人の彫像が建てられ、その不朽の名声を称えられている。ベストはユナイテッドで470試合に出場し、179ゴールを決めて、クラブ史上、最も才能豊かな選手と称されるようになった。