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特集

01/03/2013 
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バスビー・ベイブスの誕生

1945年という時期に、マンチェスター・ユナイテッドの監督を務めるのは、裸足でエベレストへ登るのと同じほど過酷なものだった。

1930年代、ユナイテッドは1部リーグからの降格を2度も経験し、経営の面でも破産寸前まで追い込まれていた。第二次世界大戦中の1941年には、ナチスドイツの軍用機によって、オールド・トラッフォードが爆破され、その後のホームゲームをライバルであるマンチェスター・シティーのメイン・ロードを借りて行ったこともあった。

マット・バスビーはクラブがそのような苦境を迎えていた1945年2月19日に監督に就任したのだが、ユナイテッドの将来には希望を感じていた。爆破されたオールド・トラッフォードを見て、火の中から復活する不死鳥のように、これはチームを再建するチャンスなのだと考えたという。

スコットランドの炭坑町で育ったバスビーは、ハードワークの価値をよく理解しており、努力は必ず実を結ぶと信じていた。ユナイテッド、そしてイングランドのサッカーを立て直すためには、若手の育成が不可欠だと考えていたバスビーは、自分と同じ信念を持ち、クラブのジュニアチームの発展に力を注いでいた、前任者のウォルター・クリックマーを秘書としてユナイテッドに残留させた。アシスタントコーチには軍隊時代からの知り合いであるジミー・マーフィーを招聘し、リザーブチームの育成を任せた。そしてトレーナーのトム・カリー、ビル・イングリス、アーサー・パウエルといったチームスタッフに、2年後にはバート・ウェイリーがコーチとして加わった。

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