屈強な相手センターフォワードとの肉弾戦を好んだ古典的なストッパー。ユナイテッドでは通算688試合に出場しており、この記録を上回るのはボビー・チャールトンとライアン・ギグスしかいない。
マット・バスビー監督の絶大な信頼を勝ち取り、圧倒的な守備力で18シーズンにわたってユナイテッドの最終ラインに君臨し続けたフォルケス。約20年もの間、オールド・トラッフォードでその勇姿が見られないことは滅多になかった。
ユナイテッドに加わったのは1950年3月。当時は地元セント・へレンズのリア・グリーン炭鉱で働くアマチュア選手だったものの、翌1951年8月に待望のプロ契約
を交わした。トップチームへのデビューは1952-53シーズン半ば。元々は右サイドバックを務めていたが、後に得意のポジションであるセンターバックへコンバートされた。このポジション変更は功を奏し、より才能のあるチームメートにボールを預けるなどシンプルなプレーを続けたフォルケスは、次第に多くの称賛を集めることになる。
その後、“ミュンヘンの悲劇”から生還したフォルケスは、悲しみに包まれていたユナイテッドをキャプテンとしてけん引。1958年のFAカップではユナイテッドを決勝へと導いたが、ボルトン・ワンダラーズに敗れる残念な結果に終わった。しかしその敗北も、フォルケスの輝かしいキャリアにおける小さな失望