ミュンヘン悲劇あるいはクラブの関係者7人が、事故当時何をしていたかを語ってくれた。
ロニー・コープ 1961年までユナイテッドでプレー
「メンバーから外され、チームと一緒にベオグラードへ行けずに落ち込んでいると、妻が気分転換にマンチェスター市内でショッピングでもしましょうって言ったんだ。街中を歩いていると、驚いたことに、老女がバスに轢き殺されてしまう現場に出くわしてしまった。2人の子供を安全な場所に避難させていると、“マンチェスター・ユナイテッドのチャーター機が事故”と書かれた号外を目にしたんだ。ジェフ・ベントは私の家のすぐ近所に住んでいて、家族ぐるみの付き合いがあったから、とてもショックだった。ジェフの奥さんの顔を見るのは辛かったよ。ジェフは私のポジションを奪ってメンバーに選ばれ、事故に遭ってしまったんだ」
ノエル・マクファーレン 1956年までユナイテッドでプレー
「家にいると妻が『ニュースを聞いた?』って言ってきたんだ。私が『何の?』と答えると、『飛行機が事故を起こしたらしいわよ。ユナイテッドの選手たちが乗っていたって』と言うんだ。そのときの気持ちを言葉にすることはできないね。もちろん、亡くなった選手とは全員親しかったから、悲しいという気持ちはあった。その一方で、自分が飛行機に乗っていなくて幸運だったと思ったのもたしかだ。それ以上のことは言葉にできない」
パット・クレランド 事故からちょうど5年後にユナイテッドに加入
「ちょうどセルティック・パークへ練習に向かう途中で、バスに乗っていたんだ。すると新聞の売店に“マンチェスター・ユナイテッドのチャーター機が事故”と書かれた看板が掲げられているのが見えた。けどそのときは、『新聞を売るために大げさな見出しをつけるな』って思ったよ。5時45分頃だったかな、セルティック・パークへ着くと、誰が亡くなったとかいう話題で持ちきりだっ